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2013/05/04 03:05

「あれまぁ記念」と39年目の5月3日ー小の巻

 実際のレースでは、キタノカチドキが直線で先頭に立つ前に内へ切れ込んだのは知ってましたし、武邦さんが過怠金を課されたのも事実ですが、翌日のスポーツ紙にも批判的な記述が有った記憶は有りません。改めてレースを見てみると、キタノカチドキが内側のカネオオエの進路を狭くしています。カネオオエの更に内に二着のコーネルランサーがいます。カネオオエの着順は当時の『優駿』が家に無いため、レース映像を目視するしかないのですが、5、6、7着辺りでして、キタノカチドキとは脚色が違いました。仮に審議になっていても、順位に変動は無かったと思います。コーネルランサーが影響受けていたのなら、問題だったでしょうが。  
 そして、この皐月賞は競馬会初の試みである、単枠指定競走で、キタノカチドキが単枠馬第一号だったので、滅多なことは出来なかったと思います。単枠指定は「ハスラー事件」が発端だったと思いますが、払い戻し窓口で暴動が起きたはずですから。そのハスラーもヒカルイマイの世代で、ダービーにも出ていたと記憶しています。「ダコタは何処だ」というなら、「ハスラーはあれか」って感じでしたね。関東馬でしたが、名前だけは知ってましたから。
 巨泉さんの「カーネルシンボリ最強説」は何処で出て来たかというと、菊花賞のキタノカチドキの対抗馬にバンブトンオールを指名した時の根拠ででした。弥生賞で「最強」のカーネルシンボリと接戦したからと言いましたが、キタノカチドキとはバンブトンオールは接戦もしていませんよ。矛盾してますがな。

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