268件のひとこと日記があります。
2013/01/28 01:21
競馬との関わりを徒然に(巻三十三)
この頃のアトラスに就いて、スポーツ紙では「一度調子を崩したオープン馬は仲々立ち直れない」とか「非力な先行馬」と言われてました。アトラスは父シプリアニ、母ミスリオン、その父ヒンドスタン、その母輸入馬のメダリオンその父ハイペリオン、ファミリーはフロリースカップと同じMayonaise分枝の「3-l」牝系です。この血統で非力なんですかねぇ。私はアトラスの母父がヒンドスタンであるのを知ったのは大分後のことです。何故なら、この頃のスポーツ紙の出馬表には両親しか記載されず、母父が載るのはクラシックなどの旧八大競走に限られていました。名前は覚えていませんが、或る血統評論家(サラブレッド血統センターの人かもしれません)が「母馬の父親も記載すべき」と何処かのメディアに書いていましたね。話は逸れますが、私はファミリーナンバーを分枝記号付きで記載して欲しいと思ってますけどね。話は戻ってアトラスのCBC賞は別の馬の様な走りで勝ちました。小倉記念でも四コーナー回る時に勝ったと思いました。このサイトのアトラスの掲示板には、重賞格上げ前の小倉三歳ステークスも勝っているから、「小倉四冠馬」と書かれていますが、よく調べて居られますね。種牡馬としてのアトラスで覚えているのは、母父テスコボーイのコスモセブンという牝馬です。条件馬で武邦さんが乗ってましたが、このサイトのデータベースには有りません。コスモスターの1978のお姉さんだと思います。コスモスターはテスコボーイの初年度の牝駒で、よくアトラスを付けたなと思います。
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ふくすけさん
面白い所を突かれましたね。コダマと同世代なので、現役時代を知りませんから、そうは気にならないんですね。寧ろ、民社党の国会議員がオーナーだったイナボレスの父のイメージが強いですから。スダピンボールさんも書き込みされてますが、ヘリオスの主戦騎手だった大久保正陽さんは、私が競馬と関わり始めた時は同志社大学出の騎手という認識しかありませんでした。大卒の太宰義人騎手がデビューした時に話題になったからです。その後の山内研二騎手の時にはそんなに話題になった記憶はありません。今は大卒騎手はいないみたいですね。調教師はいても。
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スダピンボールさん
「ヘリオス」も関西馬ですよね?
ダイタクヘリオスやホクトヘリオスにおされてしまっていますね。 -
ふくすけさん
メルシーアトラに就いては、私も同じ事を思いました。念の為、メルシーアトラの掲示板覗いて来ましたが、スダピンボールさんの書き込みに対して、二つの説が出てますね。ギリシャ神話説と父馬説と。後者なら「メルシーアトラン」でもいいと思いますけどね。「元祖アトラス」派としましては、「〇〇アトラス」という馬名は余り好きではありません。バンブーアトラスはダービー馬ですからね。本家が霞んでしまいます。
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スダピンボールさん
ロッコーイチで思い出すのは、たしか、新橋遊吉の(官能)小説に出てくる主人公が小倉へ放蕩旅行に出かけたとき、レースに出ていた、ということですかね。
アトラスという名前はバンブーとか、マルシゲ、ギオンとかにいますけど、メルシーアトラが出てきたときは、なんでアトラスじゃないんだろうと、思いました。 -
ふくすけさん
(続き)参戦し、十一着だったんですね。キタノカチドキが負けたショックで、忘れていました。ミヤジマレンゴは小倉記念か北九州記念のどちらを勝ったか忘れたんですが、菊花賞の秘密兵器と思ってました。トウショウボーイ、テンポイントの世代なんで、冗談が過ぎましたね。調べましたら、菊花賞は十六着ですね。チチカステナンゴはダイワレーヌの掲示板で叩かれていますが、ダイワスカーレットの産んだ仔が全て走るはずもないでしょうし、ガーネットみたいに直仔は駄目で子孫が走るタイプかもしれないですし、牝馬は長い目で見てあげないと駄目ですよ。期待するのは分かりますが、走らないケースの方が多い訳ですから。チチカステナンゴはニシノアプレゲールに期待して居ります。仲々勝ち上がれないですが、堅実です。
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ふくすけさん
ロッコーイチの名が出ましたか。ロッコーイチはアトラスと同じメダリオン系で、母のミスヤマナカがアトラスの従姉弟になるんですね。当時は「小倉三冠」という意識はありませんでした。服部正利厩舎所属で、小倉大賞典はデビュー二年目の河内洋騎手が乗ってますが、同じ日に武邦さんは中山で皐月賞にロングホークで参戦して、カブラヤオーの二着でした。因みに阪神ではキタノカチドキがマイラーズカップに出走してイットー、タニノチカラに勝つのですが、鞍上は田島信行騎手のテン乗りでした。武邦さんは重賞二つ損した形ですね。同じ年の小倉記念は田中良平厩舎に変わっています。ロッコーイチの掲示板に投稿された方はアトラスの掲示板に投稿された方と同じ人なんですが、小倉記念の鞍上は田島信行騎手ではなく、武邦さんなので、訂正コメントさせて頂きました。ロッコーイチはキタノカチドキがイチフジイサミに負けた天皇賞に田島信行騎手騎乗で
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こんにちは。いつも楽しく拝見しております。
小倉3冠と言えば、ロッコーイチを思い出します。そう言えば彼もシプリアニの仔だったですね。
小倉の王者で、個人的に一番記憶に深いのはミヤジマレンゴです。
最近になってやっとチチカステナンゴの仔が走り出しましたが、フォルティノと同系のこの馬の仔の中から、ローカルの王者っぽい馬が登場する気がしてなりません。