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2013/01/01 04:28

競馬との関わりを徒然に(巻十九)

Wikipediaには出典が出ており、そのネタ元の著者がトウメイの現役時代を知らない世代の人かも知れません。トウメイの一つ下のタニノムーティエも同じです。はっきり、二歳で栗東トレセンに入厩するのは、さらに一つ下のヒカルイマイの世代からでしょう。ここで力関係をお復習すると、シンザン記念はファインハピー、トウメイ、リキエイカンの順。トライアルでは阪神三歳Sでリキエイカンの二着だったヒデコトブキがファインハピーを破ります。つまり抜けて強い馬は居なかったと言えましょう。桜花賞ではトウメイが一番人気だった様ですが、メディアでは「母ミスケイコの無念を晴らせられるか?」としてヒデコトブキが突出していた記憶があります。ヒデコトブキの両親コダマとミスケイコは、ヒデコトブキのオーナー伊藤英夫氏の父由五郎氏の持ち馬で、英夫氏は父の跡を継いだ二代目オーナーと思います。服色が同じですからね。ミスケイコは英夫氏の娘さんの名前からとったと新聞に出ていました。英夫氏の取材も芦屋市内の自宅で行われたと書かれており、「伊藤オーナー=芦屋市在住」で、シラオキ直仔のミスアシヤガワ(スペシャルウィークの曾祖母)やミスケイコの妹アシヤケイコ(ファイトガリバーの曾祖母)という命名も納得が行きます。ファインハピーに関しては父がTheBoss系のティンホイッスル、輸入馬の母の牝系は欧州スタミナ系ですが、父の影響が強いのか早熟のスピードタイプだった様ですね。

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