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2012/12/04 23:04

競馬との関わりを徒然に(巻五)

この1968年は、東京競馬場のスタンド改修工事で、「七夕ダービー」だった年で、私が競馬場に行った翌週がオークス(ルピナス-スズガーベラ)、その翌週がダービー(タニノハローモア)だった訳ですが、皐月賞は5月19日(マーチス)で桜花賞は4月14日(コウユウ)といびつな日程になっています。何故こう言うかと謂えば、1971年暮れの関東エリアのインフルエンザ事件の時は、翌年のオークスは7月2日(タケフブキ)、ダービーは7月9日(ロングエース)、桜花賞は5月21日の京都開催(アチーブスター)、皐月賞は5月28日(ランドプリンス)と通常オークス、ダービーの頃に桜花賞、皐月賞をずらしていたからです。まだ本格的に競馬を見ていない頃なので、事情が分かりませんが、桜花賞は桜の時期にこだわったのでしょうか。桜花賞とオークスが2箇月半は間隔開きすぎでしょう。ここで、少し脱線して、オークスのルピナス、スズガーベラのお話をば。競馬を知らない花好きの私の母親が出馬表を見て「ルピナスとスズガーベラ」と言うと、親父が「アホか!」と相手にしなかったそうな。時期はかなり後のことでしたが、アントニオ古賀さんが週刊誌で初めて馬券を買ったのが'66年のダービーで、ビギナーズラックでテイトオーとソロモンを当てたと書いてました。ソロモンの名前が気に入って、「ソロモンの相手ならテイトオーだ」と決めたとのこと。キーストンとダイコーターしか当てたことが無い親父は博才がなかったのでしょう。その息子の私はギャンブルも興味なく、ついでにゲーム系も興味なしです。

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