654件のひとこと日記があります。
2012/06/29 13:41
私が愛した忘れられない牝馬 その2
さっき、他のコメントで「ホクトベガ」の名前を書いたら、またじわ〜っと思い出してしまいました。
私が、その死をどうしても思い出として美化できず、思い出すたびに涙が出る馬が、先に書いたサンエイサンキューとホクトベガなのです。頑張って走る牝馬はちょっとくたびれたOLの元気の源でした。彼女たちが元気で走る姿にどれだけ元気をもらったことか。そんな彼女たちがなぜ幸せな第二の馬生を送れなかったのかと思うだけでやりきれなくて涙、涙でした。
生まれた牧場ではさほど期待をされていなかったベガ、牧場の方が「大きすぎるくらいで、2つも勝てば上出来」とコメントしていました。
でも嬉しい誤算で、新馬戦を勝ち、春のクラシックにも乗り、秋を迎えました。輸送が苦手で輸送競馬は体重が減ることも克服し迎えたエリザベス女王杯、そこで9番人気を嘲笑うような勝利、そこから彼女の迷走が始まりました。G1を勝ったことにより、重い重量で牡馬との戦い、なかなか結果を出せず、障害練習までさせられた日々、そして彼女の人生を変えたのがダート交流戦への挑戦でした。
95年エンプレス杯、伝説の3.6秒(18馬身)差の大差勝ち。彼女の進むべき道が開けました。
その後ダート交流戦7連勝、彼女のおかげで、いろいろな競馬場に行ったもんです。彼女の強さを調教師は「永遠の謎」と言いました。日本のダートで敵なしになった彼女に選ばれたレースはドバイワールドカップ。日本の最終戦となった川崎記念は、仕事をさぼって応援に・・・平日なのに人の嵐でした。壮行レースとなったこのレースも楽勝。多くの人が「ベガ〜ドバイ頑張れよ〜」と彼女を見送りました。ドバイから戻ったら繁殖に入る予定でした。
そしてドバイの悲劇。詳細は書けません・・・
翌朝、駅で新聞を買った私の目に飛び込んだ一面は「ホクトベガ、ドバイで壮絶死」でした。ベンチにへたりこんだ私は涙が止まらずしばらく動けませんでした。
夜は仲間でベガのお通夜といってたくさん飲んで、ついに号泣。
何で頑張ったものが幸せになれないんだろうと、運命を憎みました。牧場では新しい馬房を用意してベガの帰りを待っていたそうです。
でも、ベガたち先駆者がいたから、今の日本馬がドバイで活躍できるようになっただけでも、決して無駄死にではなかったと思います。そう思わないと救われないから・・・
ベガは私にたくさんの元気と勇気と夢をくれました。今はドバイの星になって、後輩たちを叱咤激励していることでしょう。
私にとってホクトベガは永遠です。
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アイバイノチさん
iwakazeさん、ありがとうございます。
今の時代だったらフェブラリーもJCダートも勝って中央でもG1ウィナーとしてもてはやされたんでしょうね。
何かを恨んでも仕方ありません。
ベガは一生懸命走りました。天まで駆けて行っちゃったけど・・・無念です。 -
iwakazeさん
おはようございます。朝早からスミマセン。健康のために早起きしてるものですから(笑)
ホクトベガは、あんなに一生懸命走ったのに、体も顔も大きくて、可愛くないからと中野さんからは愛されなかった。時代もあるのでしょうね。芝のレースが断然格上で、ダート馬は、評価が低かった。競馬通の従弟にしても、最近は言わなくなりましたが、以前は、芝のレースで自分が購った馬が負けると、「あいつは所詮ダード馬だ、ダート馬。ダートで走ればいいんだ」とかヒドイこと言ってましたもの。
ベガは、あんなに一生懸命走ったのに.....。可哀想でなりません。彼女のことを憶うと、今でも涙がジワリの私です。 -
アイバイノチさん
ガリレオさん、あのころの中野厩舎はホクトベガ・ヒシアマゾンと、日本を代表する牝馬2頭(女王)を管理していたんですね。ヒシアマゾンは、ベガが帰ってこなかった後、1勝もしていません。
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世界の良血ガリレオさんがファイト!と言っています。
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アイバイノチさん
ガリレオさん、おはようございます。
ヒシアマゾンとホクトベガは仲が良かったみたいです。よく洗い場で話をしていたって。いつまでも帰ってこないベガのことをどう思っていたのでしょうね・・涙 -
ヒシアマゾンと仲良く調教していたのを思い出します!芝でも走る馬なので相当日本代表として期待されてたんですが、非常に残念でしたね!
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アイバイノチさん
カワシーマライアンさん、コメントありがとうございます。
ベガが芝を走っていたころは加藤騎手でしたよね。
おっしゃるとおり、いつかは死ぬことはわかっていても、非業の死みたいな終わり方だけはしてほしくなかったです。 -
私は、ホクトベガ、ノースフライトでエリザベス的中してから、
かなりホクトベガは感謝の気持ちもあり、購入しました。
私には、やはり加藤騎手のイメージが強く、
今年のチューリップ賞をハナズゴールが勝った時も、加藤さんとこの馬という事で、何となくホクトベガを思い出しました。
人も馬もいつかは死ぬのですが、ホクトベガの場合は、本当に気の毒でしたね。 -
アイバイノチさん
iwakazeさん、ありがとうございます。
またまた泣かされてしまいました。
あのレースでは、偶然かもしれませんが、体を張ってノリを守ったという話も聞きました。本当に「ホクトベガ伝説」ですね。
いまでも最愛の牝馬です。 -
iwakazeさん
彼女が亡くなった後、NHKで彼女の追悼番組が放送されました。その中で中野調教師が、涙をこらえながら、「もっと彼女のことを愛してやれば良かった。顔の大きな、可愛くない馬で、自分自身、粗末にしていた面があったと思う」と語ったとき、思わずもらい泣きしました。馬でも人間の女性でも、可愛いくないと、邪見にされるのかとも。また、彼女はレースで転倒して予後不良になりましたが、そのとき巻き込まれて迷惑をかけた馬の厩舎に、中野調教師のスタッフが謝りに行き、関係者を感激させたそうです。