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2021/01/02 21:34
過去の思い出 2003年 第41回 京都金杯
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第41回スポニチ賞京都金杯(G3)
2003年1月5日 1回京都1日目 4歳以上オープン (混)[指](ハンデ)
着 順 |
枠 番 |
馬 番 |
馬名 | 性齢 | 斤量 | 騎手 | タイム | 着差 | 単勝 | 人 気 |
馬体重 | 調教師 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 4 | 7 | サイドワインダー | 牡5 | 56 | 四位洋文 | 1:33.7 | 5.8 | 3 | 500(+4) | [西] 北橋修二 | |
2 | 4 | 8 | グラスワールド | 牡7 | 57 | 藤田伸二 | 1:33.8 | 3/4 | 7.7 | 4 | 498(+2) | [東] 鈴木勝美 |
3 | 1 | 2 | ローズバド | 牝5 | 55 | ルメール | 1:33.9 | 3/4 | 12.4 | 6 | 430(-2) | [西] 橋口弘次 |
4 | 1 | 1 | リキアイタイカン | 牡5 | 57.5 | 武幸四郎 | 1:34.0 | クビ | 10.0 | 5 | 496(+10) | [西] 松田正弘 |
5 | 5 | 9 | モノポライザー | 牡4 | 55 | 武豊 | 1:34.2 | 1.1/2 | 3.2 | 1 | 464(+14) | [西] 橋口弘次 |
6 | 2 | 4 | ギャンブルローズ | 牝6 | 52 | 池添謙一 | 1:34.3 | 1/2 | 63.5 | 11 | 464(-2) | [西] 鮫島一歩 |
7 | 2 | 3 | グランドシンザン | セ9 | 54 | 秋山真一 | 1:34.3 | クビ | 151.5 | 15 | 506(+4) | [西] 坂田正行 |
8 | 8 | 16 | ダービーレグノ | 牡5 | 55 | 幸英明 | 1:34.4 | 1/2 | 26.4 | 7 | 468(+4) | [西] 高橋成忠 |
9 | 3 | 5 | メイショウラムセス | 牡5 | 57.5 | 柴田善臣 | 1:34.4 | クビ | 3.4 | 2 | 458(+4) | [西] 伊藤雄二 |
10 | 5 | 10 | ナリタダイドウ | 牡6 | 55 | 熊沢重文 | 1:34.8 | 2.1/2 | 64.8 | 12 | 456(+4) | [西] 中尾謙太 |
11 | 6 | 11 | ノボリユキオー | 牡7 | 53 | 松田大作 | 1:35.0 | 1.1/2 | 168.8 | 16 | 454(0) | [西] 瀬戸口勉 |
12 | 6 | 12 | エイシンエーケン | 牡7 | 56 | 野元昭嘉 | 1:35.9 | 5 | 44.5 | 9 | 470(0) | [西] 野元昭 |
13 | 8 | 15 | メイショウキオウ | 牡6 | 54 | 飯田祐史 | 1:36.0 | クビ | 95.8 | 14 | 504(+2) | [西] 福島勝 |
14 | 7 | 14 | トッププロテクター | 牡6 | 56.5 | 和田竜二 | 1:36.0 | クビ | 76.3 | 13 | 480(+2) | [西] 岩元市三 |
15 | 7 | 13 | テイエムサウスポー | 牡5 | 55 | 太宰啓介 | 1:36.7 | 4 | 49.2 | 10 | 522(-4) | [西] 柴田光陽 |
16 | 3 | 6 | サクセスビューティ | 牝4 | 52 | 松永幹夫 | 1:42.5 | 大 | 37.0 | 8 | 490(0) | [西] 山内研二 |
払い戻し
-
単勝 7 580 3 複勝 7
8
2210
230
3103
4
6枠連 4 - 4 2,700 9 馬連 7 - 8 2,250 11 ワイド 7 - 8
2 - 7
2 - 8850
1,050
1,36011
12
15馬単 7 → 8 4,040 16 三連複 2 - 7 - 8 9,010 23
過去のレースの思い出、馬券自慢を勝手に語ってみる企画。
今回は2003年に行われた京都金杯を振り返る。
この年の京都金杯はマイル戦線での主役級がこの時点では不在。実際に人気も割れ気味であったものの、それでもこの時点でマイル戦線を引っ張る馬たちが顔を揃えたレースだった。
人気はダイナカールの子供で姉にエアグルーヴを持つという血統と鞍上の武豊という人気先行型の感があったモノポライザーが1人気。続くは当時は新種牡馬として期待値が相当高かったラムタラを父に持つメイショウラムセスが2人気。3人気は前走の京阪杯(当時は1800m戦)で重賞初制覇となったサイドワインダー。4人気には昨年からマイルの重賞戦線で活躍し始めたグラスワールド、5人気は前走のマイルCSで低人気ながら勝ち馬から0.0秒差で3着に来たリキアイタイカン。その他にも一昨年の牝馬クラシック戦線で活躍したローズバド(6人気)などもいた。
レースはサクセスビューティーが序盤からぶっ飛ばす速い流れの展開。その流れを2人気メイショウラムセスは好位追走で、1人気モノポライザーは中団から追走の形。3角過ぎで逃げるサクセスが早々と失速して馬群が凝縮。4角から直線入口にかけて馬群が一斉に外に広がっての最後の直線勝負。
この直線でラチ沿いから順にメイショウラムセス、グラスワールド、モノポライザーという隊列。メイショウラムセスは直線半ばで前が壁になり、さらに外からグラスに被される形になって直線半ばで立て直すロス。その間隙を衝いてリキアイタイカンがラチ沿いからスルスル進出して上位争いに加わり、1人気モノポライザーは若干反応が悪く少し立ち遅れる感じになったが、直線半ばから猛追の構え。
この時点で最も勝利に近かったのはグラスワールド。4角で仕掛けて行って直線序盤でメイショウラムセスに被せるような形から脚色よく完全に抜け出す形に。残り1Fで完全に先頭に立ち、そのまま後続の追撃を振り切って押し切る勢いだった。
この展開で最後最後で外から飛んで来たのが3人気のサイドワインダー。道中は何と最後方待機という位置取りから直線大外へ回し、そのまま直線だけでほとんどの馬を差し切ってしまった。先に抜け出した馬たちが揃って止まった事、策に抜け出した馬たちが通った内の馬場が荒れていて外の方が馬場が良かった…という様々な状況が噛み合った結果とは言え、あまりにも鮮やか過ぎる差し切り勝ちだった。
個人的な思い出は3人気ながら◎サイドワインダーを自信の本命と称してそこそこの勝負に出た事だろうか(ゴールデンジャックの仔という事で贔屓していというのもある)。記憶では当日は正月休みの最終日でもあり、当時はHPでやってた予想と回顧も最盛期の時期。かなりの熱量を持って取り組んだ予想と馬券だったが、残念ながら2着が馬券の対象外の馬で撃沈。意気消沈のまま翌日から仕事に行ったのだろう…と思われる。ちなみに翌年春のマイラーズCでこの時の仇と言わんばかりに大勝負に挑む事になるのだが…これはまた別の話。
勝ったサイドワインダーは1000万→京阪杯→京都金杯と3連勝。このレースが8戦連続で京都で出走していたこともあり、京都巧者のイメージが定着したのもこの頃。個人的にはマイルCSで期待できる…と思っていたが、その年のマイルCSは1人気に推されたものの最内枠が災いして8着敗退。この京都金杯後も重賞戦線で活躍を見せたが残念ながらG1で好走することは無かった。
グラスワールドは結局0.1秒差の2着。当時すでに7歳でそろそろ斜陽傾向にあったと考えられるが、この後9歳まで現役を続けたものの、この後の活躍はあまりない。
勝ち馬同様に直線で猛追を見せた3着のローズバドだが、意外かもしれないがこの時は若かりしC.ルメールが騎乗していたのをご存じだろうか。この頃はまだフランスに籍を置いており、短期免許を取得しての日本で騎乗し始めてまだ1年足らず。当時は外国人騎手と言えばO.ペリエという時代。「ルメールって誰や?」という時代があったのである。
4着は直線ラチ沿いをスルスル抜けて来て一瞬だけあわやのシーンがあったリキアイタイカンはこの後に高松宮記念に参戦して3着に来るなどの活躍も見せるも大きい所の活躍はほとんど無かった。
1人気を背負ったモノポライザーだが大した見せ場を作れないままの5着。血統的背景からも常に期待された馬だったが、次走で突如ダート戦(平安S)を使われたり、急に長距離戦を使われたり陣営も試行錯誤を重ねた感じも思うように結果を出せず。2007年に佐賀競馬に移籍して活躍は見せたが後に予後不良となったと伝え聞く。