43件のひとこと日記があります。
2013/06/27 16:51
日本ダービー80年史における『メジロオーの呪い』についての考察
昭和36年 第28回 日本ダービー
1着 ハクショウ
2着 メジロオー 着差ハナ
『髪の毛一本の差』と言い伝えられるほど際どい勝負だった。
以来、メジロのお馬さんには『2着の呪い』が掛けられたという…。
CASE 1 昭和58年 第50回
1着 ミスターシービー
2着 メジロモンスニー
前走ドロドロの不良馬場の皐月賞でも2着だったモンスニー。
良馬場での逆転に賭けた望みは打ち砕かれた。
この傍若無人…もとい天衣無縫の三冠馬が同期に存在した事が彼にとっての不運であり『呪い』と言えばそうなのかもしれない。
CASE 2 昭和63年 第55回
1着 サクラチヨノオー
2着 メジロアルダン
このレースにより『呪われている』という思いを強くした諸兄は多いのではないだろうか。
それ程までにアルダンは一旦は勝った様に見えたし、チヨノオーの差し返しは凄まじかった。
これぞ太の真骨頂か、はたまた『大外でいい、賞金も要らないから走らせて欲しい』と懇願した中野渡の執念の後押しか。
しかし、同期にオグリキャップが居たというのは『ラッキールーラの呪い』とも思える因縁である。
CASE 3 平成2年 第57回
1着 アイネスフウジン
2着 メジロライアン
この年のダービーの狂騒はいったい何だったのだろう。
自然発生的に沸き起こったナカノ・コールによって『何か』が始まったのか或いは変わったのか、はたまた押し流されたのか。
全く以て今だに謎だ。
そして時は流れ、メジロ牧場は解散。
『呪い』は成就されたと言えるだろう。
果して『メジロオーの呪い』とは何だったのか。
CASE 2でのチヨノオーについての記述に違和感を覚えた方は居るだろうか。
無念の涙を飲んだ者が、己の子孫等に雪辱を晴らす事を託し後押しする。
煮え湯を飲まされた者が、相手やその子孫等に祟る。
というのが一般的な日本人の感覚だと思うのだがどうだろう。
そう、メジロオーがメジロのお馬さんを呪うというのは不自然なのだ。
『メジロオーの呪い』はメジロオー以前からメジロのお馬さんに掛けられていたのか、或いはメジロオーがダービーで2着になった事により発動したのか、更なる考察が必要である。
参考までに、メジロオーは出走32頭中23番人気という低評価であった事を付記しておく。
-
ヒィーさん
^_^ うらかわさん、ナリタブライアンのPOうらやましいです。誇らしいですね。。POGは、デビュー前から支持して、同じ気持ちでダービーまで駆け上がれるところがたまらないですよね、、私も長いことやってますけど、なかなか走る馬見抜けません(馬券同様、、笑)。まぁ、走らなくても愛着だけは強くなるんですが(苦笑)
、、三冠といえば、ライデンリーダーの三冠全敗の馬券は揃ってます。マジ馬券なんで、今でも見るたび悔しいです。。 -
ヒィーさん
^_^ ナリタブライアンのダービーの馬券、、羨ましいの持ってますね(笑)。彼と南井さんが組んだレースは負ける気がしませんでしたね。、あの年は何度レースしても、三冠はブライアンだったと思います、、ルドルフ(と岡部さん)もそんな強さありましたけど、ブライアンらは屋根も馬も、ちょっとヤンチャなとこもあって魅力的でした。。
、血が閉ざえそうなのが、残念です。サンデーがいなければ、また違ったんでしょうが、、 -
ヒィーさん
こんにちは ^_^
メジロは、脈々と繋げてきた独自の血統で走らせるところが、たまらなく、わくわくさせてくれました、(呪い)や言い伝えも長く歴史がある牧場だからこその誇りにも思えますね。私にとっては四冠ラモーヌの仔が、牡馬さえ打ち負かしててきたドーベルの仔がなぜあんなに走らなかったのかも、思えば不思議でなりませんでした。。
牧場は閉ざえましたが、ゴールドシップには、やっぱりメジロの匂いを感じます。マックイーンまで長く長く繋げてきた、メジロの血の確かさなんでしょうね。 -
MASATO_Nさん
メジロオーと言う馬は知りませんでした!
ミスターシービー・メジロモンスニーの時は馬券を買っていましたからわかりますよ!
メジロと言う有名な牧場すら無くなってしまうんですから弱小牧場は大変でしょうネ♪