想い出の宝塚記念

「９馬身後ろの屈辱」０４年の古馬戦線はラストランの有馬記念をド派手に飾ったシンボリクリスエスの影を払拭すべきシーズンであった。とは言っても表立って叫ばれていた枕詞ではない。２、３着は３歳馬。歴史的名馬の圧倒的な力に屈した現実を不安視するよりも、やがて来るこの世代の飛躍に期待を寄せる声が大多数だった。

ゼンノロブロイこそ始動戦の日経賞を取りこぼしたが、前年のクラシック二冠馬ネオユニヴァースが産経大阪杯を勝ち、リンカーンとザッツザプレンティが阪神大賞典でワンツーフィニッシュと上々の滑り出しを見せる。しかし「４歳４強熱」が最高潮となった天皇賞(春)では伏兵のイングランディーレに揃って大惨敗。再び失墜した評価に半ば葬られていた悪夢が表面化するのも無理はなかった。

第４５回のグランプリ宝塚記念は比較的好意的な視線で見守られてきた４歳世代に対する風向きが危うくなってきた最中だった。故障したネオユニヴァースを欠くも、相変わらず強力な布陣で巻き返しを図ろうとする若き候補たち。その大志のまえに敢然と立ち塞がったのが７歳となったタップダンスシチーだった。

初のＧ１挑戦となった５歳の有馬記念で２着に健闘し頭角を現すと、６歳シーズンは順調に勝ち星を積み上げ宝塚記念を３着、秋にはジャパンＣを大楽勝するなど、まさに競走生活を謳歌していた時期。そんなタップダンスシチーにこの年降りかかった唯一にして最大の汚点が有馬記念だった。

本格前の３歳馬たちに比べて、年長であり絶頂期の出来事だったぶん、最もプライドを引き裂かれた馬だったかもしれない。若い頃にはパドックで名前の通りタップダンスを踊っていたタップダンスシチーの気性の荒さは有名で、極めて動物的な馬でもあった。「グランプリの借りはグランプリで返す」並々ならぬ執念が感じられたレースとなった。

ハナは同型の快速ローエングリンに譲り、すんなり２番手に収まったタップダンスシチーからは冷静さと同時に人馬の絶対的な自信が漂っていた。淀みないペースを刻むローエングリンを向正面で早々と交す強気な競馬にはかつてない闘志が漲っていた。堂々と受けて立つその姿は有馬記念の亡霊を振り払うに十分な迫力だった。

タップダンスシチーを追うように道中ポジションを上げ、マンマークしたシルクフェイマス以下、注目を集めたリンカーン、ゼンノロブロイらには目もくれずただ自分の世界を追求した走りにタップダンスシチーと佐藤哲三の真髄を見た思いがした。瞬発力勝負が得意なサンデーサイレンス産駒時代に強烈な印象を植え付けた異色の名馬だった。

個人的な話だと、頼まれ馬券を一番“多く”購入したレースでもあるので本当によく覚えている。正確な金額は不明だが２万は楽に越えていた。学生時代のことを思えば金額もだが、一人や二人の規模ではなくて１０数人分を合わせてだ。自分の馬券は二の次でＷＩＮＳで必死にマークシートを塗りたくった。しかしその甲斐もなく、翌週の月曜に筆者の元に近寄る友人は皆無だったのだから笑うしかない。

知識はほとんど持ち合わせていなかった。知恵と財力を尽くし、献身的な努力までした馬券も外した。それでも当時の「凄いものをみた」という感覚だけは今でも鮮明なのである。あれから１０年の宝塚記念。奇しくも「８馬身後ろの屈辱」を味わっている馬たちが中心になる。名誉挽回か積年の悲願か、それとも・・・。

【大沼Ｓ】は不振気味の実績馬、昇級して間もない馬が入り乱れて難解な一戦だが、成長込みで◎ヒルノマドリードから狙う。昨夏に同舞台で連勝しているように小回りへの適性は高い。とりわけ駒場特別は向正面まで同型にびっしり競られる展開を振り切って、直線はもうひと伸びして後続を突き離す内容で芯が通っているのが頼もしい。

良馬場の「1分44秒0」はブライトラインが勝った同開催のマリーンＳ「1分43秒4」でも２着に相当する好タイム。１２月の摩耶Ｓでも後に東海Ｓで３着するマイネルバイカを叩き合いの末に破るなど実力はオープン級と認めていい。この中間は併せ馬を３本消化するなど入念な調整で、函館入りした今週もＷコースで5ハロン66秒0をマークと好調。休み明けで立ち遅れて競馬にならなかった平安Ｓの大敗が妙味を増幅させてくれるはずだ。

相手は昨年のマリーンＳ２着がある○ナリタシルクロード。気難しい馬で揉まれると全く駄目だがA.P Indy系らしく外枠でスムーズだと力を発揮するだけに今回は勝ち負けになる。追い切りが抜群だった重賞ウイナーの▲ケイアイレオーネも立て直した効果が期待できる。差しが決まる流れなら△グランプリブラッドの脚力にも警戒が必要だ。