日本ダービー

クラシックの中心勢力が集まる皐月賞組がダービーですべて不発に終わる可能性は出走頭数の観点から考えても限りなく低い。しかし過去10年で別路線組のＶが４回、２着は６回を数える。つまり勢力構図は互角以上だ。中山から東京への道には昔ほど強固な自動レールが敷かれている訳ではない。

ハープスターが豪脚で牡馬を一蹴した新潟２歳Ｓを物差しに牝馬優勢と長く伝えられてきたこの世代に対して、早い段階からダービー向きの馬が不在と警鐘を鳴らしてきた。危惧していたことが実体となって具現化され始めたのが弥生賞であり、確信を深めたのが本番の皐月賞だった。

好枠を利したイスラボニータが持ち前の速さと機動力を生かし器用に立ち回り、血統的長所を最大限に発揮し教科書通り粘り込んだトゥザワールド、イーブンペースで逃げ残ったウインフルブルーム。【3F35秒6-5F60秒2-上がり3F11秒6-11秒7-12秒0】＝「1分59秒6」はまさに皐月賞の標本にしたいくらいだ。

皐月賞向きの馬たちがそのまま皐月賞仕様のレースを繰り広げた。安定と呼べば聞こえはいいがダービーを見据えた上でジャッジすると平凡そのもの。とにかく内容が“おとなしすぎる”のだ。競馬が上手すぎる馬にダービーは合わない。小回りの中山から大箱の東京に替わるという物理的な面もあるがそれ以上にスケールダウンの印象が否めないのだ。

勝ち負けは別にしても、かつてのディープインパクトやジャングルポケット、スペシャルウィーク、アドマイヤベガのように多少荒っぽくても東京向きに磨きあげた自分の型を持っている方がダービーでは強いのだ。その尺度で今年の皐月賞上位の面々を計ってしまうと一枚も二枚も足りなく思えてしまうのだ。

イスラボニータの父フジキセキはラストクロップにしてクラシックの殻を破った。勝負事には流れがある。一番有利な立場には変わらないが小細工不要のダービーで出番が回る器だろうか。トゥザワールドの母トゥザヴィクトリーはオークスで惜敗、全兄トゥザグローリーも東京では白星なし。斬れる脚を欠くのがこの血統最大の弱点。直線だけで追い込む東京仕様に徹したワンアンドオンリーもノーリーズンがいる牝系の出身。後方一気を目論まれての評価修正だが実は思ったほど脚を使えないのではないか。

結果的に最も斬れる脚を使えたウオッカが制した07年世代に雰囲気が似ている。思い起こせばあの年の皐月賞はブライアンズタイム(ヴィクトリー)テンビー(サンツェッペリン)ジャングルポケット(フサイチホウオー)でサンデー系には勢いがなかった。それを引きずったダービーもタニノギムレット(ウオッカ)ホワイトマズル(アサクサキングス)が上位を占めた。

周期的に甦る往年の名血が深い眠りから目を覚ます時。ハギノハイブリッドの急襲に◎をうった。どの馬も楽ではなかったはずだがこの馬にとってもダービーへの道は平坦なものではなかった。デビューから(５)(４)(９)着と苦しんだ末にようやく掴んだ４戦目の白星。突如の覚醒。これがRoberto系の血を確かに引いている証。

その後も速い上がりを連発するも先天性の不器用さが災いし、結果が伴わなかったが初勝利から４か月後の新緑賞で２勝目。逃げ馬が大きく引っ張る縦長の展開を後方から突き差し３馬身差の快勝。たんにハマったとでは済まされない独特の凄みを感じさせる鬼脚の先にやはり父やサンデーを相手に時代を築いたブライアンズタイムの姿がちらつく。

そして迎えた京都新聞杯で軌道に乗った。前半5F57秒7の激流を有力どころでは一番前となる中団後ろでじっくり構え直線勝負。追い出されると抜群の反応で鋭い伸び脚で先団を飲み込み、迫り来る後続の追撃も抑え込んだ。本質的な体力や底力が問われる消耗戦で潜在能力を開花させた。

最近のダービーは一昔前のように極端なＨペースにはならず、ハギノハイブリッドの特徴とは矛盾がある。ただ京都新聞杯のラップをみると上がり3F12秒8-11秒6-11秒8だから飛ばしたオールステイが垂れた後にもう一度、決め脚比べという別枠のレースが構築されているのだ。もともとＳペースは歓迎でＨペース耐性も有り。展開は不問だ。

Roberto系の最大にして最高の長所は叩き上げでの急成長。これがサンデーサイレンス時代を度々崩してきた原動力。３歳１月から休みなく稼働し、皐月賞、ＮＨＫマイルカップと進んで一番過酷な日本ダービーで大輪を咲かせたタニノギムレットはこの系統の申し子。この父と同じ松田国英厩舎に入れたことがハギノハイブリッドの好運でもある。

「攻めの調整」と言い切ったダービー２勝トレーナーの仕上げに抜かりなし。春クラシックの集大成は遅れてきた大物の逆転に託したい。