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2019/07/11 17:20

108

 いろいろあってウシさんの家に着く頃にはだいぶ夜に近くなっていた。ぼくらが訪ねると彼女はなんだか荒れていた。
 やけに目がらんらんと輝いているのにどこか心がないかのようだった。

「ただいま」

彼女は、シンプルに帰宅を告げた。ウシさんは玄関へとずかずかと歩み寄ってきて――そして叫んだ。

「来るな! あなたのせいだ!
あなたが居なかったらよかったね、生まれなきゃよかったんだ。存在しなきゃ良かったんだよ。なにしに帰ってきたんです」

片手には丸く細長い形の受話器を持っているようで、ひどく怒っていた。

「はぁー! もう、山に入らせないとか、なんとか、あの人もこの人も……ああ、おしまいだ」

やはりそうだ。マエノスベテの関わるグループがこの地域一体をまとめていたため、ウシさんに権力者として山を貸し出すことを、これまで誰も咎められずに居たのだろう。
素材を、周辺の山から集めてきていたことに、とうとう住民が不満を募らせたらしい。

「ウシさんとは手を切ると、言われたのですか」

彼女は聞いた。

「あんたが、あんたさえおとなしく嫁にでもなりいいなりになれば、全部うまくまとまったのに」
 ウシさんは生気のない目で、そこでぶつぶつぶやくのみだった。

「あぁ。お見合いが破綻したから、マエノスベテが見切った、かな」

彼、が淡々と誰にともなく呟く。
彼女とマエノスベテとの件、そしてぼくらが手下の男を警察に引き渡したことで、あのグループも一旦引き上げることになりウシさんの立場も揺らぎ始めたということらしい。
 ちなみにこの家に帰るまでのうちに、男から引き出した連絡先もある程度提出しておいた。彼が昔世話になっただかならなかっただかいう刑事さんにどうにか連絡をとってもらったのでそのあたりは案外スムーズだった。

 そんなわけだから彼女は身内を売ることになるのだが……まあ先に売られたのだから仕方がないですねと苦笑い。

「どうするんだい! あんたのせいで私は盗っ人扱いだ、自然のものなのに、管理者なんかいないね、山はみんなのもんだよアホらしい、ああ……犯罪なんかしてないじゃないか、なんで詐欺師なんて言うんだ、ひどい話だ」

「あなた、許可をとっているのかと聞かれても、『あの日にも』山や自然の話をして、その管理の話までみんなでしていても。なんにも良心が痛まないんですものね。私も知りません」

ウシさんが頭を抱えるが、彼女はしれっとしていた。
しかしウシさんはそんなことよりも彼、の言葉を気にしたらしい。

「お見合いが破綻? まだ、まだ破綻なんかさせないよ、ねぇ今からでも、媚売って来なさいよ、私が悪かったって、ふらふらしてたから浮気なんかさせたけど、私のせいだったとかなんとか、ねぇ、あんたも嫌でしょ私が怒られるの」

「……あれは、兄です」

「え?」

「マエノスベテの横に居たのは、
櫻さんが懇意にしている、義兄です。あなたもご存じでは」

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