スマートフォン版へ

マイページ

184件のひとこと日記があります。

<< 98... ひとこと日記一覧 100... >>

2019/06/24 19:08

99

 それからはしばらく、ばたばたと、走り回って、ただひたすらに走り回った。
交番は人が居なかったが、指名手配犯の写真がいろいろと貼られていた。
マエノスベテは、載っていないが……

 遠回りしていては目的地につけないので妥協はある程度必要で、途中からは覚悟を決めて進む。おばさんの家のある通りに近づきあとは此処を上ってというところで、ふと壁を見るとその白い壁にはなにか絵が描いてあった。

『猫』だった。たぶん、猫だろう。人のような、猫のような。そして猫は、一人に同化しかけるような曖昧な二人の人間……双子だろうか? に指をさしている。 真ん中には、魚。

「……なんか、不思議な気分になる絵だね。マツモトキヨシが、1932年に松本清が立てたマツモト薬舗を1975年にマツモトキヨシにしたという話を思い出したよ――フルネームになってしまった経緯はよく知らないけど」

「例えがよくわからないよ、絵鈴唯」

「それを知ったときは、幼心に少し安心したものだよ、マツモトキヨシに関わっていたのが、松本清って人でね。名前に反して田中とかだったら少し、驚くだろうからな」

彼の幼心は、複雑だった。
名前や製品と、本体とが一致しないということは現代に、いや、昔からそう珍しくはない。
みんな心のどこかに、漠然と疑念に似たものを持っているんじゃないだろうか。
本を読みながら、テレビを見ながら。
これは、正しいのだろうかと、考えたことのない人はそういないだろう。

「そういうことか……」

ぼくは、少し、笑った。
彼女は後ろを向いて追っ手を確認していた。
彼は、ポケットから出したコンニャクゼリーを見つめる。
やがて、ゼリーをポケットから戻した彼は、
ある一軒屋にずかずかと向かいためらわずにインターホンを押した。きい、とドアが開くとおせっかいおばさんが、不機嫌そうに現れた。

「こんにちは」

ぼくらが挨拶したとき、対峙したそのとき、おばさんはまっすぐ指を伸ばして目を丸くした。ぼくらには目もくれずに彼女を指差す。

「田中さんとは、うまくいってるの?」


「――田中さんから、そう聞いて居ますか?」

彼女は一歩前に出て、そして表情を変えなかった。

お気に入り一括登録
  • モトキ
この日記はコメントできません。