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2019/06/16 19:38

81

 しばらくは和やかに話していたのだが目の前を通りすぎた、前髪を切りすぎたようなスタイルの客がなにやら、携帯電話を耳に当てたのを見た途端――
ぼくの身体はぴくりと反応した。予感。
今、一瞬こちらを見たぞ。
なぜだ。
ぼくは、まだ、気付かれてないはず。
それとも違う意味でマークされてるんだろうか……
彼女も空気を感じたのかゆっくりと立ち上がる用意をする。

 お金は先に払ってあるので、出ても問題はないのだが――
つかつかと足音と共に、グレーの髪のおばあさんが近づいてくる。
そして、顔をのぞきこむようにして「あらぁ、違ったわー、違う人みたい!」とわざとらしく、隣にいたおばあさんに話しかける。スパイ映画か。
ぼくは一体、なんでこんな、どうでもいいことに、鈍感になれずに慣れていくんだろう。

「出た方がよさそうだ」

小さく声をかけて、立ち上がる。くまさんが「      」と言った。
ぼくは「そうかもしれないね」と、思ったけれど口に出しはしなかった。それどころではない!そろり、そろりと、出口に向かう。いちおう自然にだ。

「帽子、ください」
カウンター席の男が注文をする。ここはカフェなのでもちろん衣服や装飾品ではない方の帽子である。ここそんなん置いてるのか。合図のために頼んだのは言う間でもないが、ゆっくり食事も出来ないとわかってしまった。
『このビル』は、『それ』だった。

「こういう人って、やたらと拠点をお買い上げしてるんだよな……」

「慣れてるんですね」

店から出て、フロアを歩きながら、彼女が聞いてくる。
とても平坦な声だった。

「そりゃあ、ワケがあるからね」
ワケでもなきゃ、やってられない。嫌な慣れだ。

「ワケですか、皆、ワケがありそうですね」

「そ。もちろん、あの『彼』もワケがあるんだ。あまり言いたくないけど」

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