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2019/05/15 02:29

49

 洗面所を借りることを伝え、探して廊下を歩いていると、やはり途中に居るヴィーナスを気にしてしまう。
綺麗なドレスを着ていた。

「……っ」

(ときめいてなんか)
ときめく。
それは生きている人間のときには感じもしない特別な気持ち。 ドキドキと脈打つ心に強引に気がつかないフリをする。
こんなところを見られ怪しまれたら病院行ったら? と言われてしまいそうだ。
ガラス越しにそっと相手を眺めた。
 とはいえ恋という病気は、病院では治らないらしいけれど。
 と、考えた途端、今度は先ほどまでの光景がすぐに脳裏に甦ってきてカッと頭に血が上るような衝動が沸き上がる。
心は反対に急速に冷え出した。
「あぁ、もう、さっさと洗って済ませよう」

そのときを誰も見ていないということを改めて確認すると、トイレのそばの洗面所に向かう。ふと、目の前の壁にある鏡を見た。

「…………………………」

怒っているようでもあり、死んだような目をしてる。なるほどな、と思った。
こんな表情で、あの場に居るわけにもいかない。
 ぼくは《動かない身体》が好きでそういう本もよく読んでいる。『温かくない、そこが暖かい』という名句は知られていると思うけど、つまりそうだった。
「十二人形団じゃないんだから。こんな話、誰に得するんだろう」
冷たいことが、冷たいとは限らないし、あたたかいことが暖かいとも限らない。
ぼくにとってきっと生きていることが、生きていない。
彼女もそうなのかもしれない。
「お人形さん、か」

生きていることは、何だろう。そんなことを思わず考えずに居られなかった。

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