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2019/03/24 14:38

「煩いのですが! 何か用ですか!」

ドタバタと音がして、右奥の階段から人が降りてきた。

「ウシばあ様、これは」

婦人が少しばかり狼狽える。
どうも見苦しいところを見せてしまったためのようだ。

「まぁ、貴方は、エレイさんですか」

彼女の祖母は背が低くふくよかな、黒く染めた髪の溌剌とした老人だった。少し牛の突進を思わせるほどつんのめって歩いていた。
彼を見るなり名を呼んだ。

「こんにちは」

「あれから、どうなさりましたか? 盗人どもの護身はいきすぎていましたね。今やみんなが呆れ返っていますよ」

ホラ、と彼女はいそいそと、近くから新聞や雑誌の束を持ってきて見せつける。
とある会社が、手を繋いだ他会社たちとともに事業を拡大させ利益を増やすべく行ってきた悪質な詐欺とそれに関連する『児童誘拐事件』の記事だった。
彼やぼくはそれに巻き込まれたことがあるのだが、生き延びたとは言え、未だ復讐の機会を狙われており、犯罪者でもないのに隠れるように密やかに過ごさねばならなかった。

「どうもこうもありません」

彼は肩を竦めながら笑った。

「少し前も、電柱の物陰に男が居たし、テレビの回し者が盗聴内容を芸人を使って再現VTRにしているときもあるし、携帯やパソコンは勝手に操作されるしで、もはや何から摘発すべきかすらわかりません。
しかしまぁ、それぞれを金銭で売り渡してバイトにしているのでしょうな。どこがどうなってるんだか。
ひとつひとつから足をどうのは僕らの仕事ではないので、今はただ苦笑いです」

「まーあ……今も苦労されているんですね!」

「えぇ。残念ながら」


あとで聞いた話、ウシさんは創作家な彼が作っていた『作品』を知っていたらしく、それで彼も知っていたらしい。
 ところでこの日のぼくは別のことを考えていた。
この祖母が、一見、想像よりも機嫌が良さそうに見えたからこれはもっと早く済みそうだ、と思ったのだ。しかしこういう予感は大抵が裏切られるものであるので、その場であえて機嫌の確認をとることもなかった。

「ここは、庭が綺麗ですね、植えた花や野草がとても調和して見えます」

 ぼくがぼんやりとしているうちに彼の会話は庭の話になっていた。ウシさんの趣味で、あちこちからもらった苗を集めて植えているそうだ。

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