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2019/03/23 23:14

 ひたひたとどこか薄く粘着性を感じる冷たい廊下を歩く。
途中には、豪華なドレスを着た白い肌のマネキンがケースに入り立っていた。

「綺麗でしょう」

パーティの先頭にいる婦人が言う。
「結婚式で着たものなんです」

 確かに目映い白さに贅沢にストーンやレースのあしらわれたそれは晴れ舞台にふさわしそうだった。そしてそれを纏いながら凛として佇む『彼女』の姿に目を奪われそうになる。

「本当に、美しい……」

 部屋にいる彼女のほうに一途ではあるけれど、やはりモデル体型にやけにスリムさを強調した容姿や、長い指先、なにより色の白さはそれとまた違う魅力があった。
つるんとした艶のある素材は、デパートで見かけた子と似ている。

「あれを作る素材は意外と予算がかかるぞ」

隣に居た彼が横から囁いてくる。彼はぼくのどうしようもない趣向に理解があった。生きている他人よりかは生きていないもののほうが『そういった』魅力を覚えてしまうのだ。

「見ているだけでいいんだ」

彼女らは喋らず動かず、身勝手や暴力、余計なことをしてこない。出掛けなくともいいし、食事を共に出来ずとも変わらずそこに在る。

 生きている他人でそれが満たせる人を、ぼくはほとんど知らないし、これほどに素晴らしい恋人はいない。
胸がドキドキと高なり、この廊下から離れるまでの間ずっと、身体が火照っているような浮遊感に似た状態に支配されていた。
「あぁ、早く帰りたい。あの子に会いたいんだ」

横にしたときの、ごとん!
という重たい音、少し転がるときのがらがらとした無機質な音を聞きたい、これは生きてないと確かめたい衝動をこらえる。そして少しざらついた素材を眺めていたい。

「今は目の前のことだ。夜までにきみの『ヴィーナス』に会うためにも」

彼はそれだけ言うと、さっさと先に行ってしまった。
ヴィーナスと言えば、あれは腕がもがれていようとも美しいとよく評されているが、ぼくもきっとそうなのかもしれない。
今部屋にある模型も、手や首がもげたところでちっとも卑しいようには感じないだろう。
生きている人間の場合だと、その美への評価は変わるのだろうか。時おりそんなことを考える。
ごとん!
ごろごろごろ。
ララララ……
気がつくと転ががってくる『彼女』が光のこもらない目で、何を見るでもなく宙を向く想像をしていた。
 とんでもなくかわいい。
その身体を起こして、丁寧に埃を払う仕草まで鮮明に脳裏に浮かぶ。この埃を払うしぐさが、何よりも胸が躍り高鳴るのは間違いないことで、生きている人間はこれに劣るのだ。
ああ、愛している。
生きていないからこそ!
そして、わめいて愛を乞い絡み付く醜い他人が罰されますように。


「この部屋でした」

気がついたとき、そんな声が降ってきて広間に通されていた。大きなテーブルに『当時』をおおまかに再現して食器がならんでいた。

「こんな風にしていて、祖母も呼んだのですが、彼女は、この入り口に近い席に」

彼女が相談したこともまた、その人が急に怒り出ていったことだった。

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