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2019/03/23 00:32

「あの、昨日お会いしたものです」
彼が言うとやがてすぐに、
「ああ。はい、わかりました」との返事が来てドアが開いた。

「いらっしゃい」

婦人はいくらか窶れて見えたが、昨日のような若々しさを失っては居なかった。

「この家は、帽子を脱ぐことを気にしますか」

 彼がぼくより先に聞いた。
こんな質問をする理由というのがぼくの体質に由来しており、黒に中途半端に混ざった青い髪だとか、耳のような部分が少し頭に名残があるとかで、昔はさんざんな扱いを受けたのだが、逐一の自己紹介のやりとりが面倒なので、こんな風に隠している。
その以前の有り様があまりにも酷く、人権そのものを放棄させられそうですらあったのだが『彼』と事情を介して打ち解けているうちに少しだけマシな気持ちにもなっていた。
しかし、それは二人のあいだのみでのことである。


「そのままでいいですよ」

彼女はさして気にするようでもなく答えた。
廊下を通され、少し緊張しながら歩く。
 身体のことを聞かれずに済んだので密かに胸を撫で下ろす。庭先で叫ばれ、小説なんぞのネタにされ、化け物の正体を見たいとつきまとわれた記憶が薄く脳裏に掠めて身震いした。
彼はというと先へ先へ行きながら時折ぼくを見つめている。

「固くならなくても。普通にしてれば、誰もそれについてずかずか踏み込まないさ」

「だけど、やっぱり他人は苦手だ」

差別、差別、差別、差別。
事情を聞いた人のいくらかは、あなたに幸あれだの、神の祝福がありますようにだのと簡単に言うが、それはほとんどの場合本心ではない。
 なので、たとえば、『そのような化け物』の出るような話を描いているいくらかの作家などは既に、そのきらびやかな表現とは真逆と思っていい卑劣な言葉を毎年わざわざ寄越してくるのだ。

「安心しろ、あの婦人は作家じゃない」

「そりゃ最高だ。嘘と偽善に満ちた優しさが作る汚れた札束が、ギャンブルを駆け巡る様にはうんざりした」

この家は何に依るのだろう。

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