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2019/03/19 16:18

 次の日の朝ぼくはいつも通りに朝食をとり、部屋の隅にある人の形をした模型に挨拶をした。いわゆるマネキンだけれど、どんな他人よりも誠実で表情豊かだと思っている。いくら待っていても、この調子は戻らないというのに知人は勝手にぼくが正気になるのを待っているため、実に不毛な数年が過ぎている。
 要は、他人とは余計なことにたいしては黙っているのが一番ということで、執拗に絡むことはそれを崩すに他ならないということ。
そしてただ淡々と日常を無感動に過ごさせることこそが何よりの妙薬だということを、もう少し検討した方が良いのだが。

 待ちつづけていることそのものが、充分に意識したストレスを与えるのに成功している。
部屋のある階から窓の外をちらりと見て息を吐いた。
そこに、見覚えのある人が腕を組んで待っている姿をみとめたからだ。

待たれると行きたくなくなるのが人の心理というもので、ぼくもやはり、地面を睨みながら不愉快そうな彼女を見ていると外に出たくないという感情がより強まっていた。

待つのは好きではない。
待つくらいなら行けばいいし、それも面倒なら帰れ。
他人を見るとよく思う。

「どう思う?」

ぼくが聞くと、彼はハハハと愉快そうに笑いながら持っていた新聞を閉じた。

「どうもこうも。きみは早くおせっかい叔母さんに従って、見合いに行けば良いのではないか」

「絶対に嫌だ」

他人事だと思っているのか、彼は相変わらず笑いっぱなしだ。
「いや……待てよ、今日に限っては、見合いの話じゃない、のかな」

彼は窓に乗り出すようにして街を眺めた。

「写真を持っていない、服装もやけによそいきだし、何よりあの大きな紙袋。どこかに土産でも渡してきたかな、靴もハイヒールだ。彼女は普段もう少し動きやすそうな格好をする」

注意して見てみると確かに彼女の様子は普段のそれではなかった。見ていたこちらを見つけるといそいそと向かって歩いてくる。

「おや、来る気らしいよ。困ったな、髪をとかしていない」

「そろそろ切ったらどう」

 彼は髪を背中まで伸ばしており、後ろから見ると華奢な少女のようだった。
どうやら事情があって、そうしているらしい。
しばらくして階段をずんずんと上る足音が聞こえ出してぼくたちは慌てて気持ちだけ出迎えの用意をした。
チャイムが鳴り、彼がドアを開ける。

「おはようございます」

「おはよう」

やけに尖った声が、今日はやや萎びている。

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