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2019/03/17 16:18

 朝から冷たい風が唸りを上げていた。
早く帰宅したいと逸る想いで、「家」へと携帯電話をかける気持ちと裏腹に、通話はぶちりと断ち切られた。

 この携帯電話は、暴力に合っている。
芸能人の画像流出とかも、まぁ要はそれなのだ。
それにしたって、市民の携帯にまでこうも露骨に幅広い支障が出始めたのは、やはりスマートフォンの普及と同時期だと思う。
「なぜ強引にスマホを流行らせたか想像がつくってものだ」と、家主は言っていたっけ。

 低めのブーツの足が雪に乗る。しょうがない気持ちで頭のなかで懐かしいMIDIを再生していた。

さく、さく、さく、さく。
雪を踏み鳴らしながら、曲を思い出す。
この「タイトルがない曲」は、ずいぶんと入院していたままの「彼女」が作ったものだった。
繊細なピアノ、荒くれたマリンバ
吐く息が白い。魂もこんな色だろうか。早く帰宅したいものだ。様々なことを想いながらも、心にはずしりとのし掛かるものがあった。

 玄関の戸を開けようと鍵を構えると、同じように戸の前に立つ姿が見えた。
まだ若い婦人だった。

「あの……どうかされましたか、家主に用ですか」

婦人はぼくを怪しんでいるらしく眉を寄せるに留めた。

「ぼくも今から行くのですが、もし用であれば」

婦人は決心したように、強く頷くと、よろしくお願いしますと告げた。



「おーい、お客さんだよ」

玄関で待たせてから、一人、ここの主人の部屋に向かう。
そいつは、机に向かったままなにやらしていた。

メビウスを回転させると同時に、複数の点からの圧に対する軸が必要だ」

紙にペンを当てたまま、ぐるぐるとなんらかを書き走りながら唸っていた彼はやがて立ち上がった。
「明確な鋭利こそが、柔らかいというのは、空間に隙間があること、つまり……! あ、おかえり」

「うん。ただいま」

長い髪を乱れさせながら、そいつはにこりと笑った。

「なにしてたんだ?」

「いや、柔らかくて強靭とは何だろうかと思って。無限と、有限の間にいくつの粒子があるのかと」

昨日買ってきたピロー、寝心地が悪かったのかもしれない。

「客が来ているよ」

机のゴムかすを片付けながら言う。彼はどうやらそうみたいだと答えた。

「お茶を淹れてくれよ」

「わかった。早く行ってきて」






 しばらくの間はロビーにてソファーに座る婦人と彼をぼくは何をするでもなく見ていた。
なんの話をするか気になるが、かといって、立ち聞きするべきか迷うのでお茶を用意したはいいが、それを置いたあとのふるまいが浮かばない。

 どうにも居心地が悪くしばらく出ていると、数分してから女性は帰り、彼がやってきた。

「どうだった?」

「とてもどうでもいい会話だったよ、そうだな、すぐ済みそうだね」

 彼は、ときどき近所から相談を受けていることがあった。
なんのためなのか、いつからなのかという話は聞いたことがあまりないが、恐らく今の様子もそれなのだろう。
ぼくの帰宅は夕方だったので、その日はそのまま夕食だった。
「綺麗な婦人だったね」

ストロガノフを食べながら呟くと、彼は「そうかもね」とたいして興味なさげな返事をする。

「『それ』よりも、明日がどうなるかと、僕は考えてるんだ」

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