アンパンマンのマーチ

アンパンマンのマーチの歌詞「なんのために生まれて〜」は、
特攻隊として戦死した弟さんに捧げられたものだ。とも言われています。

ネット上でも大勢書いている方がいらっしゃいますが、「平均的な」解釈は、

「やなせ先生の創作のベースには、戦争体験や弟さんのことがあるのはもちろんだが、単純に弟さんをイメージしたとか心情を描いたとか、そういうものではなく、もっと広い範囲でのものだ」

といったところでしょうか。

書籍、インタビューなどを読むと、それだけというものではないけれども、そのことももちろん含んでいるものと考えられます。

そういえば、『火垂るの墓』は、野坂昭如さんの少年時代の体験だということなんですね。
防空壕で幼い妹さんを亡くしています。やるせない身内の運命。
この時代を生きた方は、みな、多かれ少なかれ、そういう思いをもたれているのでしょう。

やなせたかしさんの弟さんは、海軍で、奇襲作戦用小型特殊潜航艇「回天」乗組員に志願し。作戦のため輸送中に、フィリピン沖のバシー海峡で輸送船が雷撃され沈没、戦死されています。


〇やなせたかし『ぼくは戦争が大きらい』小学館クリエイティブ刊　-弟が面会にやってきた-より

「のちにぼくは、弟に捧げる「おとうとものがたり」という詩を書きました。これは詩人の谷川俊太郎からも褒められたんです。
ぼくはそんなつもりはなかったのですが、「アンパンマンのマーチ」が弟に捧げられたものだと指摘する人もいます。それだけ、弟と最後の言葉を交わした記憶が深く残っていたのでしょう。」


〇やなせたかし『オイドル絵っせい　人生、90歳からがおもしろい！』フレーベル館刊　-回天-より

「ぼくは既に人生の晩年に達したが、最近しきりに亡弟千尋のことが偲ばれる。あいつが生きていればと残念でたまらない。
そこへこの映画（＊）である。海軍の秘密兵器であった人間魚雷「回天」の秘話なのだ。
そして弟はまさにこの回天に乗っていたのだ。千尋は京都帝大法科を卒業して海軍予備学生になった。海軍少尉に任官して特攻隊員として比島バシー海峡で戦死した。
しかし回天とはどんな兵器か。この映画を見るまでぼくは知らなかった。また知るための努力もしなかった。戦争のことはすべて忘れてしまいたかった。初期の真珠湾攻撃は現在ではだましうちと非難されているが、当時は大戦果であり、特殊潜航艇の乗員は二階級特進し軍神になった。回天のほうはその戦果もその乗務員のこともあまり知られていない。」

＊この映画　『出口のない海』原作　横山秀夫、監督　佐々部清　2006年公開


〇やなせたかし『人生なんて夢だけど』フレーベル館刊　-千尋-より

「中学生になってからは顎が伸びてきて、長い顔になりましたが、幼年時代はコンパスで描いたような丸顔でした。アンパンマンの顔を描くとき、どこか弟に似ているところがあって、胸がキュンと切なくなります。」

＊千尋　弟さんの名前


〇やなせたかし『わたしが正義について語るなら』ポプラ社刊　-正義でいばってるやつは嘘くさい-より

「愛と勇気だけが友達さ
という歌詞があります。それで抗議がきたことがあるんだけど。これは、戦う時は友達をまきこんじゃいけない、戦う時は自分一人だと思わなくちゃいけないんだということなんです。お前も一緒に行けと道連れをつくるのは良くないんですね。無理矢理ついてくるなら仕方ないけどね。
横断歩道もみんなでわたれば怖くない、悪いことをする時にも群衆でやれば怖くないというのがあるけれど、責任は自分で負うという覚悟が必要なんだということです。」


〇やなせたかし『アンパンマンの遺言』岩波書店刊　より

「アンパンマンのテーマソングはぼくの作詞だが、幼児アニメーションのテーマソングとしては重い問いかけになっている。ぼくはお子様ランチや、子供だましの甘さを嫌った。」


〇やなせたかし『インタビュー』より

「小さい子には難しすぎる歌詞では…」という問いに、

「幼児の作品はですね、幼児用だというので、グレードをうんと落とそう、というふうに考えるんですね。そうして、文章も非常に短くする。僕もそれを要求されたんですけどね、違うんですよ。全く違うんですよ。非常に不思議なことにね、幼児というのはですね、お話の、この本当の部分がね、なぜか分かってしまうの。」

「小さいうちから本当の言葉に触れることが大事、そういう言葉に囲まれて育った子はそういう風に育っていくものだ」



子供騙し　という言葉がありますが、

子供は騙されないのです。騙そうとしてはいけないのです。

騙され慣れした大人用に「大人騙し」という言葉があってもいいかもしれません。